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クレストマンシーが還ってきた!


現在でも、購入できる図書には、オンライン書店「bk1」へのリンクを張りました。お買い物にお役立てください。表紙画像は「bk1」ブリーダーとして許可された範囲で使用しています。(2005.6/11)






 世の中、ハリ・ポタ旋風とやらで、海外ファンタジー再燃だそうだ。創元推理文庫が、しばらく前から「少女と魔法 −愛と成長のファンタジー ハリー・ポッターの源流−」というピンクの帯を巻いて、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの『九年目の魔法』その他を大々的に復刊していたのは、知っていた。ハヤカワ文庫FTもこれに追随して、突然11月から、「魔法の王国にようこそ! −ハリー・ポッターが大好きなあなたに贈る摩訶不思議な冒険の数々−」という(やはりピンクの)帯をマキリップ『星を帯びし者』やフィースト『魔術師の帝国 上』などに巻き始めた。いずれも売れ行き好調という(*1)。

 『ドリトル先生』『メアリー・ポピンズ』『ナルニア国』『ミス・ビアンカ』『ホビットの冒険』と翻訳児童文学で育ってきた者としては、最近、うれしい悲鳴である。ハリ・ポタはともかく(静山社の松岡社長は大人の本のつもりらしいが)、ファンタジーには、児童文学として出版されても、充分に大人の読書に耐える優れた作品が多い。昨年から、翻訳児童文学界では、『ネシャン・サーガ 1』, 2(ラルフ・イーザウ、あすなろ書房)、『魔法使いの卵』(ドナ・アンドリュース、徳間書店)、『ダレン・シャン』1, 2(ダレン・シャン、小学館)、『ローワンと魔法の地図』『ローワンと黄金の谷の謎』(エミリー・ロッダ、あすなろ書房)、『レイチェルと滅びの呪文』(クリフ・マクニッシュ、理論社)、『壁にかくされた時計』『闇にひそむ影』(ジョン・ベレアーズ、アーティストハウス)、『夏の王』(O. R. メリング、講談社)、『崖の国物語 1』, 2(ポール・スチュワート、ポプラ)、『スクランブル・マインド』『ミッシング・マインド』(キャロル・マタス&ペリー・ノーデルマン、あかね)、そして、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの『魔法使いはだれだ』『クリストファーの魔法の旅』(徳間書店)など続々と出版され読むのが追いつかない。

 ファンタジーには、物語世界がまったくの別世界で展開する「ハイ・ファンタジー」と言われるジャンルがある。概ね魔法や魔法使い、竜など空想上の怪物や妖精のような人間以外の知的種族が登場するのが「お約束」である。(上記の中では『ナルニア』『ホビット』『ネシャン・サーガ』など)また、舞台は別世界だが、主人公たちは、いたって普通の人々、日常生活に魔法はないが、時々、魔法的な出来事が起こるタイプのファンタジーもある(『ローワンと魔法の地図』など)。そして『メアリー・ポピンズ』に代表されるように、まったく「この世界」が舞台で、時々、魔法的な出来事が起こる「エブリデイ・マジック」と言われる作品群も多い。

 近接ジャンルのSFに「パラレル・ワールド」ものというサブジャンルがある。もし、アメリカが独立戦争で負けていたら…もし、ナポレオンが勝っていたら…もし、日本が第二次世界大戦で負けなかったら…どういう世界だったかを想定し、そこを舞台に主人公が「この世界(地球)」から訪問することもあるし、読者にも明かさず、その世界を前提に話を進めて徐々に明らかにしていく手法をとる作家もいる。別世界ファンタジーに似ているが、魔法や空想上の生物は存在しない。

 ダイアナ・ウィン・ジョーンズの『魔法使いはだれだ』と『クリストファーの魔法の旅』は、普通の人々の世界で時々、魔法的な出来事が起こる「エブリデイ・マジック」の話のように見えて、実は「この世界」ではない「パラレル・ワールド」の世界が舞台で、しかも「クレストマンシー」という大魔法使いが存在する、シリーズのひとつ。
 このシリーズの作品で、ガーディアン賞(*2)を受賞し、以前にそれだけ翻訳され、現在は品切れ絶版状態なのが、『魔女集会通り26番地』(掛川恭子訳、偕成社、1984、原書:1977)である。主人公のキャットと姉の魔女グウェンドリンのきょうだいがみなしごになって、遠縁にひきとられていくところから始まるのだが、身辺にいろいろ怪しい出来事が続き、どうも姉が「悪い」魔女らしい、というのと、実は弟のキャットも魔法使いらしい、それもたいへんな素質があるのにグウェンドリンが押さえていたようで、もしかすると両親が事故に遭ったのも…ということが少しずつ描かれ、頼るべき姉を信頼すべきか、主人公のキャットはどんどん追いつめられていく。大魔法使い「クレストマンシー」と「パラレル・ワールド」がどのようにストーリーに関係してくるか明らかにしてしまうと、物語の核心をバラしてしまうことになるので書けないが、とにかく面白かった。魔法使いの出てくる物語と「パラレル・ワールド」の概念がうまくかみ合っていて、この組み合わせも新鮮だった。
 当然、このシリーズの他の作品も読みたかったのだが翻訳されず、自分の英語力のなさがまたしても悔しかった。17年間待った(セミ並みだ)。とうとう出た。しかも全部で4作(『魔女集会通り26番地』も、その内の1作として2001年末に『魔女と暮らせば』のタイトルで、新訳(田中薫子訳)刊行される予定)。徳間書店よ、ありがとう!

 『魔法使いはだれだ』(原書:1982)には、
オンライン書店ビーケーワン:魔法使いはだれだ 『魔女集会通り26番地』と共通の登場人物はクレストマンシー以外出てこない。しかも世界すら違う。魔法使いがたくさんいるのに、発覚すると絞首刑や火あぶりの刑になるという時代錯誤がまかり通っている世界。舞台は寄宿学校。「このクラスに魔法使いがいる」という匿名のメモが、魔法使いの遺児が多い2年Y組の担任教師の手に入る。ちょうどこの年頃に魔法は発現しやすいという…。折しも、教室にたくさんの鳥が飛び込んでくる、夜中に靴という靴が講堂に集まってしまうという事件が続発。確かにだれかが魔法を使っている。いったい、だれが?! 先祖に有名魔法使いがいる女の子が怪しいと無責任に噂するグループ。ひそかに魔法使いをかっこいいと思っている男子生徒。兄が外国で処刑されて移民してきた転校生…。クラスの魔法使いはひとりなのか?! クレストマンシーはこの世界の魔法使いを救えるのか?

 『クリストファーの魔法の旅』(原書:1988)は、 オンライン書店ビーケーワン:クリストファーの魔法の旅 上記2冊の「クレストマンシー」の子供時代を描く。クリストファーは、大魔法使いの家系に生まれながら、魔法がろくに使えない。でも、夢の中でなら、どんな「どこかな世界」へでも行くことができた。パラレル・ワールドは12系列あることが知られていた。同じ系列の複数世界は、歴史的な事件をきっかけに分裂していく。そもそも12の系列世界も、有史以前の出来事が原因で分裂したもので、元々はひとつの世界から発生したらしい。
 現実の世界では、両親はけんかばかり、友だちもいない、相手は家庭教師だけのクリストファーは、夢の中の「どこかな世界」で出会う、伯父の知り合いの男と、怪しげな運び屋稼業に気晴らしを見出すようになる。そんな息子の気持ちも知らず、両親は別居、彼は寄宿学校へ。学校でも魔法は使えるようにならず、クリストファーは将来クリケットの選手になりたいと決意する始末。こんなんで大魔法使いが誕生するのかなあと思うが、事態はどんどん動いていくのでご安心を。それより、夢の中の世界で、命に関わるような事故に次々と遭う方が心配。様々な系列世界の描写とか、この時代の「クレストマンシー」たるゲイブリエル・ド・ウィットとか、第10系列で知り合った“生ける女神”の女の子とか、クリストファーの魔法の力はどのように発現する のか、などいろいろ楽しめる。

 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ(1934〜)は、オクスフォード大学でトールキンに師事。卒業と 同時に結婚、子育て中にファンタジーを書き始め、現在に至る。彼女の作品はいずれも、17年待って読むような大作ではないが、上質な娯楽読み物として一級である。長編シリーズではないが、徳間書店が望めば、「ハリー」のような映画化も可能だろう。それだけの魅力は確実に持っている。

*1 「『ハリー』の魔法 出版界に特需 −海外ファンタジーが再ブーム−」朝日新聞  2001年11月13日(火)32面(文化総合面)
*2 イギリスの日刊紙『ガーディアン』が、イギリスまたは英連邦の作家の優れた児童文学に年一回授与する賞。既に受賞した作家の作品は対象としない。


(『ぱろっと通信』No.74 (2001.12発行)より転載)