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ひらいたかこのマザー・グース絵本

現在でも、購入できる図書には、オンライン書店「bk1」へのリンクが張ってあります。お買い物にお役立てください。 表紙画像のあるものは、「bk1ブリーダー」として、又は出版社から許諾された範囲で使用しています。(2005.1/5)
  「bk1」が「honto」と合併し画像リンクが切れたため、Amazon.co.jpへのリンクに変えました。(2013.1/6)






 イラストレーターのひらいたかこには、3冊もマザー・グース絵本がある。
『マザーグース・ショーケース』
ひらいたかこ訳、東京創元社、1987、1942円、ISBN4-488-01404-6。
  24編収録。巻末に原詩(全文)と楽譜(一部分)付き。

『ディア マザーグース』
ひらいたかこ訳、架空社、1990、2427円、ISBN4-906268-23-4。
  カレンダーのイラストを中心にまとめた画集。41編収録。
巻末に原詩(全文)あり。毒気のない絵柄で、「ヘイ、ディドルディドル」の唄も百鬼夜行風に処理してあるが、楽しげ。





『魔女の隠れ家』
東京創元社、2000、4000円+税、ISBN4-488-01418-6。
  タイトル通り不気味さを強調した画風になっている。23編のマザー・グースと後ろ10編はグリムなどに題材をとった作品の組み合わせ。前半と後半の間に、マザー・グースの原詩と訳詩、唄についての解説あり。
  初出はミステリ雑誌『EQ』連載の「マーダー・グース」('93.1〜'95.5)と「むかしむかしなにかが…」('98.1〜'99.5)シリーズの挿絵。 『EQ』連載「マーダー・グース」の文の方は、昨年(後日注・1999年) 出版された『マザーグースは殺人鵞鳥(マーダー・グース)(山口雅也著、原書房、1999.7、1600円+税、ISBN4-562-03206-5)の第一部第二章 「マーダー・グース」15編に、一部分が採録されている。

 この3冊全部に出てくる唄は、「ハンプティ・ダンプティ」ただひとつ。詩をひらいたかこの訳で紹介すると、
  ハンプティ・ダンプティ へいにすわった
  ハンプティ・ダンプティ ひどい勢いで おっこちた
  王さまの 馬も
  王さまの けらいも
  ハンプティを もとには もどせなかった

 『マザーグース・ショーケース』の絵は、地面がチェス板模様のキノコの森。あるキノコから、ウズラの卵に服を着せたような可愛らしいハンプティ・ダンプティが真っ逆様に落ちたところ。まわりのキノコのかさの上で手足のはえたチェスの駒たちが驚いている、という図。ベージュ、黄土色など全体に淡い茶系の色調。ハンプティの眉はハの字だが、あまり深刻な感じはしない。

 3年後の『ディア マザーグース』の絵は、ピンクの背景に、空中をおちてゆくハンプティ・ダンプティが中央に描かれ、割れ口からトランプの精やアリスとおぼしき首の長い少女、チェスの駒、懐中時計を付けた白兎、こうもり、「わたしを飲んで」の札付きのびん、シルクハットなどが飛び出している。明らかに『不思議の国のアリス』を意識した図柄である。ハンプティ・ダンプティにほとんど表情がなく、まったく悲劇的でない。

 10年後の『魔女の隠れ家』では、オーソドックスな構図になっている。城壁のような壁にすわっている、道化の服装をしたハンプティ・ダンプティが何かに驚いてバランスを崩したところ。壁の下には騎兵や歩兵、壁の向こうには城塞のような塔や、王様らしい人物も描かれているが、皆小人のよう。背景は青っぽく、空はおどろおどろしい。ハンプティの口にあたる部分が割れヒビのように描かれている。

 以上のように、同じ唄でもいろいろに描き分けられている。『マザーグース・ショーケース』『ディア マザーグース』のふたつは、『不思議の国のアリス』のイメージを加味した、メルヘンチックなほのぼのとした絵柄で、歌詞にある「元に戻せない」悲劇的なイメージはない。また、ハンプティ・ダンプティが落ちたという「塀」も「壁」も描かれていないし、「王様の騎兵」や歩兵も出てこない。

 一方、『魔女の隠れ家』では、画集全体の構成が、唄や物語の不気味な面、暗いイメージを描き出すようになっていることもあって、悲劇を充分に予感させる。空は今にも雷雨になりそうだし、塀の下にいる人々も向こう側の王様たちも驚愕しているし、ハンプティ・ダンプティ本人も、ボールや棒を取り落として今にも転がり落ちそうで、表情も「どうしよう!?」という感じを強調している。「塀」も「王様」も「兵隊」も描かれているが、今度はそうすると背景が王城と城壁というありきたりの構図になってしまったのが少し残念。ハンプティ・ダンプティを道化師に仕立てたあたり、コミカルな面も残っている。

 ひらいたかこは、「何故マザー・グースを描いているの?」とよく聞かれるそうである。『魔女の隠れ家』の「あとがき」によれば、「最初は…子供の為の愛らしい唄」という認識だったのが、だんだん分かってくると、「揺籠は赤ん坊ごと転落し、橋はおかしな復興を遂げる。魔女や悪魔はもちろんのこと、人殺しが闊歩し、首切り役人が…訪れる。なんと不可解で捩くれた世界なんだろう!」と魅了され、「やはりこの一群のわらべ唄の特異性は、その古い衣の襞に歴史の闇を隠し、残酷な影を織り込んでいるところにあるに違いない。時を超えた生命力や唄の内容の豊かさにも、私はすっかり魅せられてしまった。」と告白している。

 マザー・グースの残酷性は(これに光を当てるのを嫌がる研究者も多い)、私は魅力のメインだとは思わないが、魅力の構成要素の大きなひとつであるのは間違いない。

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(『ぱろっと通信』No.64 (2000.4.1発行)より転載)
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