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谷川俊太郎のマザー・グース訳詩


現在でも、購入できる図書には、Amazon.co.jpへのリンクを張りました。お買い物にお役立てください。(2004.8/9) (表紙画像は、出版社の許諾を得て使用しています。2004.9/8)






 私がマザー・グースにのめり込むきっかけになったのは、谷川俊太郎の『マザー・グースのうた』(草思社)である。どのへんが一番の魅力かと聞かれると、よくわからない。もちろん、平野敬一の『マザー・グースの唄―イギリスの伝承童謡』(中公新書、1972)−研究史や唄の起源、言葉やイラストなどの解説etc.−も前後して読んだはずだが、やはり谷川訳の口調のよさが大きいように思う。何しろ、今でも、ある唄を原詩で読んでも、谷川訳が頭の中でパッと浮かび、それから検索しているくらいなのだ。
 他には、やはり集合体として背後にある文化というか、世界観というか、醸し出している雰囲気が気に入ったのだと思う。堀内誠一の挿し絵も美しかったが、それよりも、日本の童謡にありがちな湿った叙情、悲しい雰囲気がなくて、カラッとした明るさ、ちょっと毒気のある笑い、とぼけたユーモアの味、そして日本にはほとんどないナンセンスの感覚が、七五調にのせた現代語訳から漂ってきて、それに惹かれたようだ。
 何しろ、第1集の巻頭から、「最も著名なナンセンスな唄」が登場する。

えっさか ほいさ
ねこに ヴァイオリン
めうしがつきを とびこえた
こいぬは それみて おおわらい
そこでおさらはスプーンといっしょに おさらばさ
                
Hey diddle diddle,
The cat and the fiddle,
The cow jumped over the moon;
The little dog larghed
To see such sport,
And the dish ran away with the spoon.
                     (『マザー・グースのうた』1 p.1)

『マザー・グースのうた』(堀内誠一絵 谷川俊太郎訳 草思社,1,2,3:1975,4,5:1976)
第1集 おとこのこってなんでできてる おんなのこってなんでできてる(30編収録)
第2集 ばらのはなわをつくろうよ(40編収録)
第3集 だれがこまどりころしたの(29編収録)
第4集 6ペンスのうたをうたおう(37編収録)
第5集 マザー・グースのおっかさん(41編収録)



 ところで、谷川俊太郎は、これ以前にもマザー・グースの訳詩をしたことがある。
『スカーリーおじさんのマザー・グース[表紙には『リチャード・スカーリーの決定版マザー・グース』]』(中央公論社、1970)である。カラーイラストの原書と歌を吹き込んだレコードと込みで1750円。日本語対訳テキストとして、50編訳している。イラストは白黒、原書より判型は二回り小さい。 少し訳語が違うものがある。前記の唄は、最終行の「おさらばさ」が「すたこらさ」となっている。また、ガチョウおばさん本人の出てくる次の唄は、草思社版では、

マザー・グースのおっかさん
 ぶらぶらでかけるそのときは
がちょうにのってそらをとぶ
 とびきりじょうとうのおすがちょう
   
Old Mother Goose,
 When she wanted to wander,
Would ride through the air
 On a very fine gander.
                     (『マザー・グースのうた』5 p.7)

 堀内のイラストは、よく木版画や洋書絵本にあるような、魔女のトンガリ帽子をかぶって鉤鼻のおばあさんが白い鵞鳥にうちまたがっている。これがスカーリー版では、

   マザー・グースのおばあさん
    ゆくえさだめぬ たびのそら
   とてもりっぱな つれあいの
    せなかにちょこんと またがって
 
                (『スカーリーおじさんのマザー・グース』p.42)

と、かなり違う。というのも、スカーリーのイラストは、ご存知の通り、登場人物を全て動物に描く。この唄の「マザー・グースのおばあさん」も、文字通りガチョウに描かれている。三角帽子にマント、呪文書らしき本までかかえているが…。そして雌ガチョウがまたがっているのはシルクハットに蝶ネクタイと上着の雄ガチョウだから、雄と雌で「つれあい」というわけ。ちなみに、原詩はまったく同じである。
 このように、「さし絵にあわせて」訳語を原語と変えた例がある、と「はじめに」で断っている。「極端な例」として、次の唄をあげている。

   ジャック・スプラット おにくがきらい
    ミセス・スプラット やさいがきらい
   だからごらんよ すっかりなめて
    ふたりのあいだの おさらはきれい
Jack Sprat could eat no fat,
 His wife could eat no lean,
And so between them both,you see,
 They licked the platter clean.
                (『スカーリーおじさんのマザー・グース』p.52)



 原詩でジャックが嫌いなのは「fat(脂身)」、奥さんの苦手は「lean(赤身)」だが、イラストの方は、野菜を食べている痩せた夫ネコと、太いソーセージを口に運ぶ、夫の4倍くらい太い奥さんネコの夫婦の食事風景を描いている。というわけで草思社版では、

    ジャック・スプラット あぶらがきらい
     そのおくさんは あかみがきらい
    だからごらんよ なかよくなめて
     ふたりのおさらは ぴかぴかきれい
 
                     (『マザー・グースのうた』2 p.36)

となる。
#表紙画像は、楽天アフィリエイトより。(2010.5/23)

 実は、スカーリーよりさらに早い訳もある。雑誌『ユリイカ』が1973年10月号で「特集=まざあ・ぐうす」を組んでいる。ここに、和田誠のイラストで12編訳出している。 そう! 講談社文庫でペアを組む以前からこの二人は縁があったのだ。たった12編だが、草思社の5冊には含まれていないもの、訳語が異なるもの、そしてここの初出から文庫版まで同じもの、と様々な訳詩が見られる。まず、草思社版に含まれていないもの。

おりこうハリーパリーくん
けっこんしきは いつですか
りんごとなしのみのるころ
おいわいもたずに まいります
けっこんしきの そのばんは
うたっておどって よあかしだ
Oh,rare Harry Parry,
When will you marry?
When apples and pears are ripe.
I'll come to your wedding
Without any bidding,
And dance sing all the night.
                   (『ユリイカ』5巻12号 p.81)

 これは講談社文庫版には、収録されている。次に、草思社版と訳語が異なるもの。

  ハンサムなのは げつようびのこども
  かっこいいのは かようびのこども
  べそをかくのは すいようびのこども
  たびにでるのは もくようびのこども
  ほれっぽいのは きんようびのこども
  くろうするのは どようびのこども
  やんちゃで ちゃめで おひとよし
  それはおやすみのひに うまれたこども
Monday's child is fair of face,
Tuesday's child is full of grace,
Wednesday's child is full of woe,
Thursday's child has far to go,
Friday's child is loving and giving,
Saturday's child works hard for a living,
And the child that is born on the Sabbath day
Is bonny and blithe,and good and gay.
                   (『ユリイカ』5巻12号 p.72)

  うつくしいのは げつようびのこども
  ひんのいいのは かようびのこども
   (中略)
  かわいく あかるく きだてのいいのは
  おやすみのひに うまれたこども
 
              (『マザー・グースのうた』1 p.15)

 最後に、『ユリイカ』、スカーリー、草思社版、講談社文庫版と変わっていないもの。

   ジョージイ・ポージイ プリンにパイ
   おんなのこには キスしてポイ
   おとこのこたちが でてきたら
   ジョージイ・ポージイ にげてった
Georgie Porgie,pudding and pie,
Kissed the girls and made them cry;
When the boys came out to play,
Georgie Porgie ran away.
            (『ユリイカ』p.80、スカーリーp.30、草思社2集p.39、講談社文庫1巻p.96)

 フェルせんせい ぼくはあなたがきらいです
 どういうわけか きらいです
 でもたしかです まったくたしか
 フェルせんせい ぼくはあなたがきらいです
I do not like thee,Doctor Fell,
The reason why I cannot tell;
But this I know ,and know full well,
I do not like thee,Doctor Fell.
           (『ユリイカ』p.79、スカーリーp.27、草思社1集p.16、講談社文庫2巻p.109)

 詩句に変更がない、ということは、たぶん名訳になるのだろう。面白いのは、この全く訳詩が変わらない2編では、和田誠のイラストまで『ユリイカ』のものと講談社文庫のが そ っ く り 、なのだ。この他、「6(六)ペンスのうたをうたおう」「じめじめじとじと とあるあさ」など若干字句が違うだけのものもある。イラストも少し違う。
 さて、谷川訳の決定版ともいうべき、講談社文庫版が最後に登場する。これは、全4巻を9つの分野に分け、 336編を収録。各巻末に収録歌の原詩と解説、第4巻の巻末には、全巻通しの訳詩と原詩の歌い出し索引および23曲の楽譜まで収録しているという、たいへん調べものにも向いているスグレモノである。草思社版が計 177編だから、たいへん広く訳し足したということになる。講談社文庫版で初訳出された唄をひとつだけあげる。

#表紙画像は楽天アフィリエイトより。(2010.5/23)

   ディケリ ディケリ ディア
   ぶたがそらをとんだ
   ちゃいろいふくをきたおとこ
   すぐにひきずりおろした
   ディケリ ディケリ ディア
Dickery,dickery,dare,
The pig flew up in the air;
The man in brown
Soon brought him down,
Dickery,dickery,dare.
                       (『マザー・グース』1 講談社文庫 p.100)

『マザー・グース』1〜4(谷川俊太郎訳、和田誠絵、平野敬一解説 講談社文庫,1981)



 おまけに、愛蔵版として草思社の5冊本からの選集。 106編収録。66編のCD付き。
   
『マザー・グース・ベスト』1〜3(堀内誠一絵 谷川俊太郎訳 草思社 2000)





(『ぱろっと通信』No.73 (2001.10.1発行)より転載)

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