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猪(wild boar)の出てくるマザーグースはないようです。そこで、中国の十二支では「豚年」であることから、「豚」のマザーグースの唄を集めてみました。 それにしてもウォルター・クレインの描く豚は、やけにリアルで牙まであって、まるで猪のようです。
This little pig went to market,
This little pig stayed at home, This little pig had roast beef, This little pig had none, This little pig cried wee wee, All the way home. 一匹子豚 市場へ行って 一匹子豚 お部屋に残り 一匹子豚 焼き肉あげよ 一匹子豚 なんにもなしよ 一匹子豚 鳴き鳴き帰る ぶうぶうぶうと おうちへ帰る |
訳・野上彰 (『世界童謡集』フレア文庫、1996より。初出1955) |
ウォルター・クレイン (Walter Crane) 画『この小豚さん (This little pig went to market)』Routledge, 1870 ※画像はInternet Archive (提供元Smithsonian Libraries) より |
Dickery, dickery, dare,
The pig flew up in the air; The man in brown soon brought him down, Dickery, dickery, dare. |
ひよつこり、ひよつこり、ひよつこりと
豚が虚空に飛び上る。 褐服(あかふく)男が取り下す。 ひよつこり、ひよつこり、ひよつこりと。 訳・竹友藻風 |
「あり得ない事」の例えとして「ブタが空を飛ぶ("when pigs fly")」という言い回しがありますが、この唄ではそれが実現しています。もしかしてこの唄がその慣用句の元なのでしょうか。
そして「褐服(あかふく)男」は何者なのでしょう? 自分も飛び上がったわけですから、メアリー・ポピンズの男性版みたいです。
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ブタを愛した女がいた。
ハニー、と女は言った。 ブー様、私の物になってくれる? ブーッ、とブタは言った。 銀の豚小屋 建ててあげるわ、 ハニー、と女は言った。 そこで寝ててちょうだい。 ブーッ、とブタは言った。 銀の掛け金も付けてあげるわ、 ハニー、と女は言った。 好きに出入りしてちょうだい。 ブーッ、とブタは言った。 これで私をもらってくれる? ハニー、と女は言った。 何か言ってよ、胸がはりさけそう。 ブーッ、とブタは言った。 訳・フィドル猫 |
There was a lady loved a swine,
Honey, quoth she, Pig-hog wilt thou be mine? Hoogh, quoth he. I'll build thee a silver sty, Honey, quoth she, And in it thou shall lie. Hoogh, quoth he. Pinned with a silver pin, Honey, quoth she, That thou may go out and in. Hoogh, quoth he. Wilt thou have me now, Honey? quoth she. Speak or my heart will break. Hoogh, quoth he. |
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To market, to market, to buy a fat pig,
Home again, home again, jiggety-jig; To market, to market, to buy a fat hog, Home again, home again, jiggety-jog. |
市(いち)へ、市場へ、肥った豚を買ひに、
家(うち)へ、お家(うち)へ、ジッグを踊り。 市へ、市場へ、肥った豚を買ひに、 家へ、お家へ、こりやさとかへる。 訳・竹友藻風 |
此の豚申す。みんなして森へ。
此の豚申す。何しに森へ。 此の豚申す。お母さんに逢ひに。 此の豚申す。そしてそしてどうするの。 此の豚申す。かぢりついてキツスしよ、キツスしよ。 訳・北原白秋 |
Let's go to the wood, says this pig,
What to do there? says that pig, To look for my mother, says this pig, What to do with her? says that pig, Kiss her to death, says this pig. |
白秋の訳は、角川文庫ではなく、『白秋全集』第25巻 (岩波書店、1987) より採りました。
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The sow came in with the saddle,
The little pig rocked the cradle, The dish jumped up on the table, To see the pot swallow the ladle. The spit that stood behind the door Threw the pudding-stick on the floor. Odd's-bobs! says the gridiron, Can't you agree? I'm the head constable, Bring them to me. |
雌豚が鞍付けて入ってきた
子豚は揺りかご揺らしてた お鍋がお玉を飲むのを見ようと お皿は食卓に跳びのった 扉の後ろに立ってた焼き串 かき混ぜ棒を床に投げた なんてこった! 焼き網が言う なかよくやっていけないのか? 俺は警官の頭だぞ あいつら俺の前に連れてこい 訳・フィドル猫 |
イギリスでは、日本よりずっとブタが身近なようです。何しろ日本語では「豚」しか言葉がありませんが、英語では「pig」の他、「sow(成熟した牝豚)」「hog(食用に去勢された牡豚)」「swine(=pig。文語、方言)」などいろいろあるからです。
それにしてもナンセンスが際だった唄です。雌豚に鞍を付けてどうするつもりなのでしょうか。競馬ならぬ競豚? 豚も「猪突猛進」する?
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トム、トム、トム坊主、
笛吹きの息子、 豚をぬすんで逃げたはよいが、 豚は食べられ、トムぁ打(ぶ)つたたかれ、 泣いておんおん街を駈けた。 訳・北原白秋 |
Tom, Tom, the piper's son,
Stole a pig and away he run; The pig was eat And Tom was beat, And Tom went howling down the street. |
※ここに出てくる「ブタ」は生きた豚ではなく、お菓子またはミニパイのブタだと『ODNR』には書かれています。
この白秋訳は、岩波版ではなく、角川文庫が元にした『白秋全集 第十巻 童謡集 第二』(アルス、1930。『マザーグース初期邦訳本復刻集成』第1巻 高屋一成編集・解説、エディション・シナプス、2011に収録)より採りました。
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A long-tailed pig or a short-tailed pig,
Or a pig without any tail. A sow pig or a boar pig, Or a pig with a curly tail. |
尻尾の長い豚/短かい豚
尻尾をまるで/持つてない豚 すてきにでつかい豚/ちびの豚 くうきい・くうきい/啼(な)いてる豚 訳・水谷まさる |
訳詩は『新訳 世界童謡集』(冨山房、1924年)より。原詩の改行に合わせて2行分を1行にしています。「/」は訳詩の改行です。
最終行が、訳詩に近い原詩は私の調べでは見つけられていません。この原詩は、角川文庫巻末より採りました。『ODNR』等には、もう少し長い原詩が載っていて、ここに出てくる「ブタ」は上の唄と同じく、お菓子またはミニパイのブタであることが書かれています。
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ボナーへ行くとちゅう
ブタに出会った 誓って言うけど カツラはかぶっていなかった 訳・フィドル猫 |
As I went to Bonner,
I met a pig Without a wig, Upon my word and honour. |
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Barber, barber, shave a pig,
How many hairs will make a wig? Four and twenty, that's enough. Give the barber a pinch of snuff. |
とこ、とこ、床屋さん
豚の毛刈つちよくれ、 鬘に何本入用(いりよう)ぢやね。 「二十四本で澤山だ。」 一服進上、嗅煙草。 訳・北原白秋 |
最後の二つの唄は、どちらも「pig」と「wig」の押韻から生まれたようなもの。
後の方の白秋訳は、『白秋童謡集』(アルス、1924。『マザーグース初期邦訳本復刻集成』第1巻 高屋一成編集・解説、エディション・シナプス、2011に収録)より採りました。
現在、普及している角川版や、このホームページで引用している岩波版では、最終行が「フンとお鼻で御挨拶(ごあいさつ)」という形です。白秋が「a pinch of snuff (かぎたばこ一服)」という言い回しを知らなくて、そう訳したわけではない、ということが、この『白秋童謡集』でわかります。
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